「ん?どした?」
「い、いや〜、なんかマジマジと葉っぱ見てるな〜と思って・・・。」
「ああ、そうだね(笑)」
「どんなとこ注意して見てるんですか?」
「うん・・・」
長沢さんは言葉を続けた。
「細野君、錆病って知ってる?」
とたんに昔聞くとは無く聞いていた親父の言葉が頭をよぎった。コーヒー特有の病気なのかどうかはわからないが「錆病」が原因でどっかの生産地がダメになったとかならないとか・・・。
「よくは知らないんですけど・・・」
そう前置きをして説明を待った。
「うん、その錆病だよ」
さんざん、ジャマイカコーヒーを壊滅させたハリケーンギルバートの話を聞いた後だった。
まだなんかあんのかよ?ここは?
ブルーマウンテン、いやジャマイカコーヒーの前に立ちはだかるのは、天災や雇用問題だけに留まらないらしい。
ずらっと並べりゃその他にも限られた生産エリア、過酷な労働立地、生産量 の少なさ。それにプラス「病気」である。
"私は何をするのか....."
「錆病」1860年ごろアフリカで発見されたんだと。正式名称はFERRUGEM DO CAFEEIROという。CAFEEIROつーことはやっぱり「コーヒー特有」なのかね?ま、いいや、話をすすめる。こいつは「HVSP群」の菌が原因で伝染していく。更に人間だの農耕機械だの雨だの空気だのが感染経路・・・?ようするに何からでも感染する訳じゃん?!で、温度や湿度の一定条件で葉っぱの裏側に出てくるらしい。黄色やオレンジの斑点として出てきたそれはガンガン増えて葉っぱをだめにし、コーヒーの樹もだめにする・・・。ってな訳だ。怖ええ。
「錆病」なる物を簡単に説明すれば、感染して葉っぱが落ちると「光合成」が出来なくなり樹そのものが死んでしまう。そしてそれには伝染性がある。と言う事だ。多少病気に強い品種も有るにはある。が、それは現在ジャマイカに植えられているコーヒーではない。
俺が行った時まさに錆病の疑いがある樹がエリアの外ではあるが発見されていたのである。そしてこのときは決定的にこの「錆病」に効く、いわゆる特効薬も開発されていなかったのである。しかもこの病気は瞬く間に広がってしまうらしい。現場からは移動できず、生産量 も少ないそこにコーヒー生産国、一国を壊滅に追い込んだ病気が進入しているかもしれない。
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大切に大切に育て上げるコーヒーに忍び寄る、まさに「魔の手」だ。
ある意味、ジャマイカなどはいちころなのである。必死に「個体」を確認するのは当たり前である。その行為は観察などと言う言葉は到底生ぬ るい。狂気とまではいかないものの、執拗に舐めまわすように葉っぱの「観察」は行われていく。
発病してからでないと、発見し難いのだそうだ。しかも伝達経路も確実に確認されてはいなかった。だけど、発見した時は既に遅いんじゃ・・・。
が、忍び寄るのは標高の低いエリアからという確証があったわけではないだろうが、ブルーマウンテンエリアに進入するまでに食い止めなければならない。 もし、進入しているなら一刻も早く発見し食い止めなければならない。
それもまともな、効果的「特効薬」も持たずにだ。
どうしろってんだよ?
ブルーマウンテンエリア境界、スキボーに来た理由がよく解った。普通 はこんなところには来ないのだそうだ。
もっとも俺が滞在する時間もそれなりにあるわけで、不謹慎だが結果 的には現場に立ち会えた事になる。
これもジャマイカの実態なのだ。
クレイトンハウスで飲んだコーヒーが頭をよぎる。
一杯のコーヒーのために。
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不謹慎覚悟を更に言うなら、この「錆病」の調査のお陰でジャマイカのありとあらゆるエリアを巡ることは出来た。ブルーマウンテンエリアに限らずだ。そういう意味ではラッキーだったかもしれない。
実際、錆病の症状を見たことはなかったので「状態の説明」をなるだけ詳しく聞いて、微力ながら観察した。
「出来れば一本、一本、葉っぱを一枚、一枚観察できれば良いんだけど」
長沢さんはそういうが、実際にそんなことは不可能である。不可能ではないにしても、著しく現実性に欠ける。
「今日は大丈夫だったとしても、明日、明後日は解らないからね。」
「そうですよね、自分の見てる葉っぱの下の葉っぱに出てるかもしれないとか、疑心暗鬼になりますよね」
「おいおい、怖いこというなよ〜」
ブラジルでもそうだったがある程度、その農園や現場になれてくれば効率も上がってくる。
すなわち色んな物が見え始めるのである。
そこで働く人たちの「リアル」が見えてくるのである。
段々はっきりと。長沢さんのような技術系の人もいれば労働者もいる。
そしてそこにコーヒーの樹がある。
なぜだかコーヒーに対してやけに献身的になっている自分を幾度も発見した。
「俺もコーヒーの役に立ちたい」そう思い始めている自分に気付く。
相変わらず現場に対しての「無力感」はあるのだが、その「リアル」を垣間見てるとそれが例え微力であろうとなんとかしたいと思ってしまう。
おおげさでもなんでもなく俺は「ブルーマウンテンのピンチ」に立ち合っていた。
が、ボンクラ学生がなにが出来るわけではない。
現にその道の第一人者でさえ手を焼いているのである。
でもね、ぼーっと突っ立って眺めてるなんて出来ないのである。
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